サラリーマン定年と老後を考える

シルバー世代への応援歌
如何にして生きるのか? 人生とは? 幸せとは?
超高齢化社会の到来とともに今現代日本で起こっている諸問題を考えます。
老後破産、老後難民、下流老人、孤独死、放置死、熟年離婚、人間関係の希薄さはどうして起こるのか? いったいどう対処すればいいのか? どのように生きればよいのか? 釈元浄が独特の感性で切り込みます。

サラリーマンと出世

サラリーマンは狭い範囲の人にしか認めてもらえない
ごく限られた人間の利益だけの為に仕事をしている
出世しようがしまいが同じことだ
その人間が満足させられるのはごく数人だけだ

男の野望は如何に多くの人間に影響力を持てるかだ
大人数になればなるほど満足度合いが増す
会社社長の葬儀に数百人の人間が集まるのと同じだ
影響力が社長と従業員とでは雲泥の差がある
雇われ人、宮使い、使われ人ではたかが知れている
これからサラリーマンはダメだ
安定もしていない、給与も増えない、終身雇用でもない
いいことは毎月決まった日に決まった額が銀行口座に振り込まれること
それで女房が喜ぶ、女房がホット安心する、それだけの話だ
しかしお金のかかる子供を抱えている家庭では、それはそれで大切なことではあるが
夢と野心とは違う
また野心と野望とも違う
無能を装い、忠誠心を見せつけ、運よく上り詰めたと思ったら
終わりを迎え、放り出される
ちんけな肩書きと無能と忠誠心しかとりえのない男たちが、ちんけな肩書の付いた名刺さえ取り上げられ、裸同然で世の中に放り出される
それが定年だ
家の暖かなベッドで寝ていた男たちが、今夜から公園のベンチで寝ろと言われたようなものだ、だが一応家の暖かなベッドは残ってはいるが、もしかしたらその暖かなベッドを守るために、人生を捨て頑張ったのかもしれない
しかしそれははかない妄想でしかないのだ
そのうちに病気にでもなれば、病院のベッドに追いやられてしまうし妻も家に戻った男の世話をいつまで焼いてくれるか疑問だ
男たちの末路は目に見えている
OB会で昔の部下に見栄を張るのが関の山だ
何も出来ないし、何も持っていない
今まであったものを何もかも失くしてしまう
わずかな退職金とグチグチ文句を言われながらも古女房が残ってくれればまだましだ
定年を世間でパッピーリタイヤと言うのははなはだ疑問だ
今までの会社人生をすべてリセットして
やりたいことに夢中になれる人間はまだ幸せだが
しかしやりたいことは知れている
旅行に行くとか山に登るとかゴルフするとか
絵を描くとか料理を習うとか
女房と一緒に田舎暮らしをするとか
所詮その程度だ
どれもすぐに飽きるし所詮趣味の世界である
その年から始めてもたかが知れている
野望には到底届かない


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 伊賀阿弥陀堂 堂守役僧 釈元浄

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